品川区の池

上神明天祖神社の弁天池(白竜池)

045

042

所在地:品川区二葉4-4-12

 上神明天祖神社は古くは蛇窪と呼ばれた地に鎌倉末期に創建されたと伝わる古社です。伝承によれば、当時、境内の本殿左手に清水の湧き出る洗い場があり、白蛇が棲んでいましたが、いつしか洗い場がなくなり、白蛇は現在の戸越公園にある池に移ったということです。その後、地元の旧家森谷氏の夢枕に白蛇が現われ、元の場所に帰してほしいと告げたため、伝え聞いた宮司が境内(現在の参道左手の駐車場の位置)に新たに池を掘り、中の島に祠を建てて白蛇を祀ったということです。

 現在の池は本殿右奥に昭和29年につくられたもので、厳島神社に弁財天を祀っています。ここは荏原七福神の弁財天に定められ、白蛇や白龍(手作り感いっぱい!)が弁天様を守っています。

043

041

040

037

(白蛇が絡みつくようにして弁天様を守っている)   

| | コメント (0) | トラックバック (0)

鮫洲八幡神社の弁天池

002

所在地:品川区東大井1-20

 京浜急行・鮫洲駅の南東側、線路沿いにあるのが鮫洲八幡神社です。旧東海道沿いに位置し、旧御林町(のちの大井鮫洲町、現在の東大井一丁目、同二丁目の一部、同四丁目)の総鎮守として古くから信仰されてきました。祭神は誉田別尊(ホンダワケノミコト=応神天皇)と気長足姫尊(オキナガタラシヒメノミコト=神功皇后=応神の母)です。

 このあたりはかつては御林浦と呼ばれる漁村で、江戸城御用の鮮魚を納める御菜肴(おさいさかな)八ヵ浦のひとつとして発展し、海苔の養殖採取も盛んだったということです。現在は埋め立てにより海は遠ざかりましたが、境内には漁業関係者が奉納した灯籠や狛犬が残り、漁師町時代の名残が感じられます。

008

 さて境内には池があり、中の島には水や海と縁の深い厳島神社(弁天社)と漁呉玉(なごたま)神社(=水神社、祭神は海神のワタツミノカミ)があり、さらに橋で結ばれた小さな島にも小さな祠があります。訪問時には東日本大震災のせいだと思いますが、厳島神社の鳥居が倒壊していました。

005

 島を取り囲む池は西側が一段低くなっていて、西端部は神輿倉庫の下に隠れています。亀がたくさんいるほか、鯉や小魚がたくさん泳いでいました。池畔には藤棚も作られています。

003

| | コメント (0) | トラックバック (0)

品川「鯨塚」の池

013

(鯨塚)

012

(鯨碑の前に小さな池がある)

所在地:品川区東品川1-7-17

 京浜急行・北品川駅の南東、八ツ山通り沿いに利田(かがた)神社が鎮座し、その境内に「鯨塚」(品川区指定有形文化財)があります。隣接する公園の鯨のオブジェと遊具が目印です。

017

022 

(鯨のオブジェと遊具)

 「鯨塚」は富士山形の自然石で、寛政10(1798)年5月1日に前日からの暴風雨で品川沖に迷い込んだところを品川浦の漁師たちによって捕えられた鯨の供養碑です。この鯨は体長16.5メートル、体高2メートルという大きなもので、江戸中の評判となり、ついには将軍家の浜御殿(今の浜離宮庭園)に船で運ばれ、11代将軍・徳川家斉が上覧するという騒ぎになったということです。

018

 その後、鯨は解体され、骨が埋められたのが鯨塚のある当地です。東京に現存する唯一の鯨塚です。ここは目黒川の旧河口部にあたり、その砂嘴上に弁財天が祀られていました。当時は洲崎弁財天と呼ばれていたようですが、明治以降、利田神社と改称されました。現在の目黒川は流路が変更になっていますが、鯨塚の敷地のすぐ北側に東京湾に通じる水路が残り、釣り船や屋形船が係留され、かつての漁師町の風情を残しています。

023

 さて、鯨塚に並んで立つ新しい鯨碑の前に小さな池があり、鯨のかわりに(?)金魚が飼われています。

020

| | コメント (0) | トラックバック (0)

御殿山ガーデンの池

026

011

(赤いオブジェが印象的) 

所在地:品川区北品川4丁目

 現在の北品川3・4丁目付近にあった御殿山は高輪台の南端部にあたり東に海を望む景勝地で、江戸初期に徳川将軍家の「品川御殿」が建てられたことからその名前があります。御殿は将軍の鷹狩りの際の休息や茶会に利用されたということです。ここはまた桜の名所としても知られたようです。

 今は往時の面影は失われ、切通しを東海道新幹線・横須賀線・東海道本線・京浜東北線・山手線の線路が通り、通過する列車の走行音が絶えません。その線路の西側に御殿山ヒルズと呼ばれる一角があり、ホテルやチャペル、マンションなどが並び、その中に緑豊かな御殿山ガーデンがあり、一般に開放されています。四季折々の花が咲く庭園は台地の斜面を利用して造られ、斜面下には鯉や亀の泳ぐ池があります。南北に細長い池の南端部には人工の滝がつくられ、水音を響かせています。また、池には幾筋かのせせらぎが斜面を流れ下って注ぐようになっていますが、訪れたのが冬だったせいか、水は流れていませんでした。庭園一帯は今も「桜の名所の御殿山」として「しながわ百景」に選定されています。

008_2

010

003

(ガーデン東側の台地上に人工水源があり、水が流れ落ちている)

004

005

006

007

(散策路に沿って斜面にも水路が作られているが水は流れていない)      

| | コメント (0) | トラックバック (0)

品川区役所のメダカ池

037

所在地:品川区広町2-1-36

 東京23区・区役所の池・噴水シリーズの第6弾は品川区役所です。道路を挟んだ向かい側の「しながわ中央公園」には噴水がありますが、区役所の敷地内には池や噴水は見当たりません。しかし、実は屋上に「品川エコヒーリングガーデン」と名づけられた屋上庭園があり、屋上緑化のモデルガーデンとして一般に開放されています。その中にビオトープガーデンがあり、メダカの泳ぐ池もつくられています。池にはアサザなどの水生植物やミソハギ、トクサなどの水辺の植物のほか、野鳥の好む樹木なども植えられています。

 屋上からは東海道新幹線や横須賀線・湘南新宿ライン・東急大井町線などの電車がよく見えます。

030

031

 ついでに区役所向かい側のしながわ中央公園の噴水写真もアップしておきます。

024

025

027   

| | コメント (0) | トラックバック (0)

東品川海上公園の池

087

(目黒川河口。左手が東品川海上公園)

081

086 

所在地:品川区東品川3丁目

 東品川海上公園は目黒川が天王洲南運河に注ぐ河口部に立地し、運河沿いにはボードウォークが整備され、また噴水や水遊び用のせせらぎなどもある親水公園です。

088

(ミッフィー花壇)

 隣接する東京都下水道局東品川ポンプ所の屋上も庭園として整備され、さまざまな樹木や草花が栽培されています。この庭園にはビオトープの池もあり、メダカが泳ぎ、スイレンなどの水生植物が植えられています。

082

083

(東品川ポンプ所屋上の池と水源)

| | コメント (0) | トラックバック (1)

天祖諏訪神社の弁天池

073

所在地:品川区南大井1-4-1

 京浜急行・立会川駅で降りて、そばを流れる立会川を河口に向かって歩くと、すぐに旧東海道と交差します。そこにある橋が浜川橋、またの名を涙橋ともいいます。江戸時代、鈴ヶ森の刑場に送られる罪人の縁者がここまでは見送りを許されたことからの命名です。

 そして、この浜川橋の南側(立会川右岸)に東海道に面して鎮座するのが天祖諏訪神社です。かつては川を挟んで北側に諏訪神社、南側に天祖神社があり、地元の鎮守、氏神として崇敬を集めていましたが、昭和40年に合祀されました。また、当社は東海七福神の福禄寿をも祀っています。

 境内には厳島神社もあり、赤い祠を囲むように池があり、鯉が泳いでいます。福禄寿だけでなく、弁財天も祀られているわけです。

071

072 

 実はこの池、正月休みに「ちい散歩」(立会川編)を見ていて発見しました。

 また、昔は神社の前に海が広がっていたそうで、そこに幕末の黒船来航に備えて土佐藩が築いた砲台(浜川砲台)があり、土佐から江戸に出てきたばかりの坂本龍馬も配属されていました。ということで、立会川駅そばの公園には龍馬像が立っています。

070

| | コメント (0) | トラックバック (0)

光福寺・大井の井

077

所在地:品川区大井6-9-17

 JR京浜東北線の大井町駅と大森駅のちょうど中間地点の線路の西方に大井山光福寺(浄土真宗)があり、その境内に大井町の地名の由来となったと伝えられる井戸があり、「大井の井」として品川区の史跡に指定されています。

079

 品川区教育委員会が立てた説明板には次のように書いてあります。

「この井戸には、鎌倉時代に親鸞聖人門下の関東六老僧の一人として活躍した了海上人にまつわる話が残されている。

 寺伝によれば、了海上人の父が子授けを蔵王権現に祈願したところ、妻が懐妊し、男子(了海)を出産した。その時、境内にこつ然と泉が湧き出したので、この泉の水を産湯として使い、泉を大井と命名したという。大井の地名はこの泉に由来すると伝えられている。

 この泉は当寺本堂裏の墓地内にあり、横穴式の古い型をした井戸であり、今でも水が湧き出している」

 この説明板は平成8年に立てられたものですが、現在では泉の湧出量は微々たるものと思われます。

076

 また、境内にはイチョウの老木がそびえています。推定樹齢は約800年、樹高40メートルにもなる巨木で、麻布山善福寺(港区元麻布)境内の「逆さイチョウ」とは兄弟とも言われるそうです。

 了海上人は善福寺の住職をつとめており、親鸞聖人が訪れた際、その高徳に触れて、善福寺を真言宗から浄土真宗に改め、関東にその教えを広めた善福寺中興の祖でもあります。

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

桐畑地下道脇の湧水池

073

所在地:品川区大井6-20

 桐畑地下道とはJR大森駅の北600メートルほどの地点で東海道線・京浜東北線の下をくぐる歩行者・自転車専用のトンネルです。この付近の線路は太古の海が台地を削って形成された崖に沿って敷かれており、西側は線路より高い台地であり、東側はかつて海だった低地で、線路より地面が低くなっています。

 明治10(1877)年、アメリカ人学者エドワード・モース(1838-1925)が汽車の窓からこの崖の地層中に縄文後期の遺跡である大森貝塚を発見したわけです。

074

(トンネルの右脇に湧水がある)

 大森駅から線路に沿って海側を北へ行くと、線路の下をくぐるトンネル(上写真)があり、その脇に湧水があり、小さな池がつくられ、金魚が泳いでいます。位置的にはまさに大森貝塚のすぐ下という場所です。縄文人にとっても大切な水源だったのかもしれません。

 これまでに紹介した東京の池の中でも最小クラスの池ですが、貴重な湧水の池ということで、取り上げてみました。

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

西五反田・氷川神社の湧水池

016

(湧水の池)

所在地:品川区西五反田5-6-3

 東急目黒線・不動前駅の南東250メートルほどの地点にある氷川神社は旧・桐ケ谷村(今の西五反田あたり)の鎮守で、古くから地元の崇敬を集めてきました。目黒不動尊などと同じように目黒川右岸の崖線沿いに位置し、参道を進むと、崖に突き当たり、社殿は石段を登った台地上にあります。

022

(参道奥の石段の両側に湧水が見られる)

 その石段の左側に湧水があり、筧から水鉢に落ちるようになっていますが、訪問時にはわずかに水がしみ出る程度でした(下写真)。

015

 一方、石段の右手には池があり、崖下から湧き出た水が注いでいます。この崖には古来、湧水の滝がかかり、「氷川の懸泉」「氷川の滝」と呼ばれて、「江戸七瀑布」の一つにも数えられたそうです。

 滝は平成の初め頃に境内整備に合わせて修復されたということですが、こちらも訪問時は水が止まっていました。

019

(崖下から湧く水)

 水が透き通った池には魚などは見当たりませんでした。

 また、池畔には「鉄砲石」という石があります。これは幕末から明治維新の頃、志士たちが品川宿御殿山の料亭・観桜館の庭で鉄砲の標的に使った石ということで、無数の弾痕が残っています。

017

(鉄砲石)

 崖上にある手水にも湧水が引かれているということです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)