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2011年3月

世田谷区特別保護区一般開放中止

 震災の影響で、3月26・27日、4月2・3日に予定されていた深沢八丁目無原罪特別保護区および経堂五丁目特別保護区の一般開放は中止となりました。

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次太夫堀公園の池

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(園内に復元された次太夫堀=六郷用水)

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所在地:世田谷区喜多見5丁目

 次太夫堀公園は農村時代の世田谷の風景を再現した区立公園で、園内には江戸後期の民家を移築した民家園があります。その園内を流れるのが次太夫堀です。一般には六郷用水と呼ばれ、小泉次太夫の指揮の下、15年の歳月をかけて江戸初期に開削された用水路で、今の狛江市で多摩川から取水し、現在の世田谷区から大田区にかけて多摩川左岸の農村地帯を灌漑しました。これを小泉次太夫の名をとって次太夫堀とも呼ばれたわけです。現在、公園内を流れる水路は復元されたもので、公園に沿って流れる野川から取水し、浄化した水を流し、再び野川に合流しています。

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(野川。画面右手が次太夫堀公園)

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(野川から取水・浄化された水が流れ出す)

 この用水の水を引き込んだ池には鯉やドジョウなどが棲み、カルガモやカメの姿も見られます。

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 また、民家園の安藤家(旧大蔵村の名主屋敷、江戸後期)の庭にも小さな池があり、鯉が泳いでいます。

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東日本大震災と水門

 2011年3月11日14時46分に東北地方の太平洋沖でマグニチュード9.0という巨大な地震が発生し、強い揺れと東日本一帯を襲った大津波によって東北地方~関東地方を中心に甚大な被害が出ました。亡くなられた方々のご冥福をお祈りするとともに、被災された方々に心からのお見舞いを申し上げます。

 当ブログでは東京の池と水門を探訪し、紹介しているわけですが、東京湾でも地震直後から津波警報が発令され、すべての防潮水門が閉鎖され、津波の襲来に備えました。実際、晴海で1.3メートルの津波が観測されたそうです。

 東京湾沿いに数多く設置された水門はこのような津波や高潮の被害から街を守るのが役割であるわけで、今回も立派にその役目を果たしたのだろうと思います。

 しかしながら、想定をはるかに上回る巨大津波に襲われ、多くの街が壊滅するほどの被害が出た三陸地方の映像を見ると、閉鎖された防潮水門の遥か上を越えて波が押し寄せた様子がわかりましたし、なかには津波の威力で破壊された水門もあったようです。過去にもたびたび津波に襲われた三陸地方では世界でもトップレベルの津波対策がとられていたはずですが、それが全く役に立たなかったというのは衝撃的です。昔、旅で岩手県宮古市の田老地区を訪ねた時、漁村なのに集落から海が全く見えないほどの巨大な防潮堤がそそり立って海と集落を完全に遮断しているのを見て、これだけの堤防があれば、どんな津波が来ても大丈夫だろう、と思ったものですが、今回の津波はその堤防を乗り越え、一部を破壊してしまったと伝えられています。

 ふだん、水門の姿に頼もしさを感じていますが、今回ばかりは自然の恐ろしさをまざまざと見せつけられた思いです。

 ついでに、今回も津波警報の発令で東京でも「19の水門が閉鎖」というニュースがありましたが、これは正確な情報ではありません。この19という数字は東京都港湾局の管理する水門の数ですが、東京湾周辺にはそれ以外に東京都建設局の江東治水事務所や国土交通省関東地方整備局が管理する水門があり、また千葉県の湾岸地帯にも多数の水門が存在します。当然ながらこれらも閉鎖されました。

 ちなみに港湾局の19水門とは以下の水門です。

 新砂水門、あけぼの水門、辰巳水門、東雲水門、豊洲水門、佃水門、朝潮水門、浜前水門、築地川水門、汐留川水門、古川水門、日の出水門、高浜水門、天王洲水門、目黒川水門、貴船水門、呑川水門、北前堀水門、南前堀水門

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江東区立若洲公園の池

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所在地:江東区若洲3丁目

 若洲は新木場の沖合にできた埋立地です。夢の島などと同様にゴミ処理場として1965年から埋め立てが始まり、1974年に埋め立てが終了しました。その後、工場や物流倉庫が建設されたほか、東京都港湾局が管理し、ゴルフ場やヨット訓練場、キャンプ場、サイクリングロードなどがある若洲海浜公園が開園しました。このうちキャンプ場のある地区が2006年に江東区に移管され、区立若洲公園となって現在に至っています。このキャンプ場に小さな池がありますが、あまり面白みのある池ではありません(上写真)。

 ほかに若洲海浜公園のゴルフ場にもいくつか池があります。下の写真はクラブハウス脇の池で、鯉が泳いでいます。

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三井物産本社のプラザ池(カルガモ池)

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所在地:千代田区大手町1丁目

 大手町にある三井物産本社前にある人工池はひと頃、カルガモが子育てをし、成長すると一家揃って内堀通りを横断して、皇居のお濠に引っ越すということで有名になりました。カルガモの引っ越しが近づくと、マスコミが殺到し、交通規制のために警察まで出動する大騒ぎでした。最近はあまりニュースにならなくなったようですが、今も毎年のようにカルガモが子育てしているようです。

 そもそも、この土地は江戸時代には徳川家康に古くから仕えていた重臣の譜代大名・酒井雅楽頭(うたのかみ)の上屋敷があった場所です。当時も庭園に池があったのでしょうが、現在の池は大名屋敷とはまったく関係のない人工池で、プラザ池という名前だそうです。水深は浅く、特に鯉などが泳いでいるわけでもありませんが、都会のオアシスではあります。

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 この時は池にはカルガモの姿は見えませんでした。数年前にここでカルガモ(成鳥のみ)の写真を撮った記憶があるのですが、どこかへ行ってしまいました。発掘したら追加でアップします。まぁ、カルガモなんて珍しくもないですが…。ここの場合、大手町1丁目という東京のまさにド真ん中だからこそニュースになるわけですね。 

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内川水門と内川排水機場

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(内川河口から見た内川水門。左側が排水機場)

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所在地:大田区大森東3丁目

 大田区の東京湾(海老取運河~平和島運河)沿いに並ぶ南前堀水門、北前堀水門、呑川水門、貴船水門とまるで四つ子みたいにそっくりな水門群を見てきましたが、貴船水門の北側の「ふるさと浜辺公園」北端に注ぐ内川河口部にもまた水門があります。五つ子だったのか、と思うかもしれませんが、これは見た目も全然違います。しかも、これまでの4水門が東京都の港湾局の管理だったのに対して、内川水門は同じ東京都でも建設局の江東治水事務所が管理しています。

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(内川水門上流側。画面右が排水機場)

 内川はもともとは旧馬込村の湧水(今の大田区北馬込付近)を水源とする川でしたが、上流部は暗渠化され、下水道幹線として利用されており、現在の内川は開渠となるJR東海道線以東の下流部、1.55キロの区間のみです。その河口部に昭和44(1969)年に設置されたのが内川水門で、幅員8メートルのローラーゲートです。高潮や津波の被害から内川流域を守るのが役目で、水門閉鎖時に内川の水をポンプで排水するための内川排水機場が併設されています。こちらは3台のポンプで毎秒20トンの排水能力をそなえています。

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(内川排水機場の排水ゲート)

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貴船水門

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所在地:大田区大森東5丁目

 前記事で紹介した呑川水門のすぐ北側にもうひとつそっくりな水門があります。これが貴船水門で、完成は昭和41(1966)年、幅員6メートルのローラーゲート、上空制限高A.P.+5.6メートルとすべて呑川水門と同じです。南前堀、北前堀の水門と合わせてまるで四つ子みたいです。

 さて、その貴船水門は平和島運河から入り込んだ貴船堀の出入口に設置されています。奥でいくつもの支堀に枝分かれした堀で、近くに貴船神社があるところからの命名です。現在はほとんど埋め立てられて緑地公園になり、わずかに残った水面が船溜まりとして利用されているのみですが、海苔で有名な漁業が盛んだった昔は堀の奥にも多くの漁船が係留されて、漁師町らしい活気があったのでしょう。

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 水門のすぐ北側は人工海浜の「ふるさとの浜辺公園」になっています。

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(ふるさとの浜辺公園)

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呑川水門と旧呑川緑道の池

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所在地:大田区大森東5丁目

 世田谷区内に水源をもち、目黒区を通って大田区へ流れ、東京湾に注ぐ呑川は洪水・高潮対策および舟運の便をはかる目的で昭和6(1931)年に下流部の付け替えが行われ、東蒲田付近から直線的に海に通じる新呑川が完成しました。一方、旧呑川は1970年代頃から埋め立てられ、緑道になっています。そして、河口部のわずか100メートル余りの区間だけ水面が残され、今も船溜まりとして利用されています。この旧河口と東京湾(平和島運河)の接続点に設置されているのが呑川水門です。すでに紹介した南前堀水門、北前堀水門と同じ昭和41(1966)年に完成し、姿もそっくりな幅員6メートルの緑色の水門で、上空制限高はA.P+5.6メートルとのこと。

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(水門付近から見た旧呑川河口の船溜まり)

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(船の陸揚げ用の設備がある)

 ちなみに新呑川の河口には水門はありません。

 ついでに紹介しておきますが、旧呑川を埋め立ててできた緑道公園にはちょっとした池やせせらぎがあります。子どもたちが遊んでいましたが、水は清らかとは言えないようです。花の季節には睡蓮や菖蒲などが咲くのかもしれませんが…。

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(旧呑川緑道の池と流れ)   

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