« 八間堀川水門と八間堀川排水機場樋管 | トップページ | 目黒区役所の池 »

八芳園の池

069

062

048 

所在地:港区白金台1-1-1

 “セレブの街”としておなじみの港区白金(台)一帯は地形の起伏が大変激しく、その方面からも興味深い土地です。その白金台の一角にある結婚式場・料亭・レストラン「八芳園」には自然の地形を生かした1万2千坪の庭園があり、その谷底に水を湛えた池があります。池のほとりに立つ説明板によれば、「その昔、この付近の丘陵地帯に沼があり、そこから流れていた川の跡を池にしたものです。昔は、農業用水として使われており、池の上方には水車小屋があったとも言われています」ということです。この「沼」とは旧・今里村(白金台1丁目付近)にあった玉縄池(玉名池)という湧水池(現存せず)で、古くは玉川上水の分水である三田用水の水も通じていたそうですが、とにかく、その池から流れ出た玉名川の水をせき止めて池としたようです。ちなみに玉名川は古川(渋谷川)の支流で、新古川橋付近で古川に合流していました。もちろん、現在は暗渠化されています。

 そもそも、この土地は江戸初期に徳川家康はじめ3代の将軍に仕え、「天下の御意見番」と呼ばれた大久保彦左衛門の屋敷があった場所と伝えられ、その後の変転は不明ですが、幕末期には絵図によって薩摩藩島津家、松平薩摩守の屋敷だったことが確認できます。明治時代には渋沢栄一のいとこで実業家の渋沢喜作の所有となり、大正4年以降、新興財閥の久原房之助(日立製作所の創業者)の手に渡り、庭園はこの時代に整備されました。久原は自然との調和を最も重視したということです。

 戦後になって、邸宅と庭園の一部を利用した料亭の共同経営の話が割烹旅館などを営んでいた長谷敏司から持ち込まれ、久原が同意したことから昭和25年に「八芳園」が誕生しました。この名称は「四方八方どちらを眺めても景色が良い」という意味を込めて久原自身が命名したということです。

 池の現在の水源は地下水の汲み上げということですが、滝があり、美しい池の周辺には石灯籠や水亭が配され、起伏に富んだ散策路が整備されています。

050

(この滝~渓流が玉名川の旧流路?)

056

044

(池畔にたつ水亭の円窓)

058

 池の水は庭園の東端部から流出し、そのまま地下に消えていきます。これが玉名川の暗渠に通じているのでしょう。

040

(池の水の流出口)      

|

« 八間堀川水門と八間堀川排水機場樋管 | トップページ | 目黒区役所の池 »

港区の池」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1244839/38971071

この記事へのトラックバック一覧です: 八芳園の池:

« 八間堀川水門と八間堀川排水機場樋管 | トップページ | 目黒区役所の池 »