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新宿・十二社熊野神社の弁天池

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所在地:新宿区西新宿2-11-2

 新宿中央公園の北西部に新宿の総鎮守である熊野神社があります。十二社(じゅうにそう)として知られるこの神社は室町時代の応永年間(1394-1428)に中野長者と呼ばれた鈴木九郎という人物が故郷の紀州・熊野三山から十二所権現を勧請したことに始まります(異説もあり)。元来、鈴木家は紀州熊野の神職を務める家柄だったのが、源義経に従い、奥州平泉で敗走後、流浪の末に中野の地に定着して、土地を開発し、九郎の代になって中野長者と呼ばれるほどの財を蓄えました。そこで、それまで若一王子宮のみを祀っていたのに加えて、熊野の十二の神々すべてを遷して祀ったようです。

 その熊野神社の西側に江戸初期の慶長11(1606)年、伊丹播磨守によって大小2つの池からなる灌漑用の溜池が造られました。この池は享保年間(1716-35)に徳川吉宗が鷹狩りの際に立ち寄り、そのすぐれた景観を讃えたことから、江戸西郊の景勝地として知られるようになり、「十二社の池」として親しまれました。賑わいは明治から昭和初期にかけても続き、最盛期には料亭や茶屋約100軒、芸妓300名を数えるほどで、多くの人が池で舟遊びや釣りなどを楽しんだということです。

 また、寛文7(1667)年に玉川上水の水を神田上水(今の神田川)に引くための神田上水助水堀が熊野神社付近を通る形で開削され、この水を用いた滝が境内につくられたことも、この地の風光を高めていました。滝は高さ三丈(約9メートル)ほどもあったと伝えられています。

 滝は明治時代に失われ、「十二社の池」は小池が水質悪化により、戦時中までに埋め立てられ、残った大池も昭和43(1968)年に埋め立てられ、今は完全に消滅しています。ただ、熊野神社そばのバス停の名前に名残が見られるのみですが、周辺を歩いてみれば、池が存在した場所は一帯の地形から大体推測できます。

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(「十二社池の上」バス停もあります)

 さて、現在の熊野神社境内には金魚の泳ぐ池があり、石橋のかかった中の島に弁財天が祀られています。小さな滝もつくられています。池畔には「こひづか」と刻まれた石碑が立っていますが、これは昭和16年7月に十二社池の小池の水質が悪化して、鯉が大量死した時に建立されたのを遷したものです。

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(こひ塚)

 

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