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ヒルズ久が原の池

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所在地:大田区久が原5-27

 ヒルズ久が原は老朽化した公団住宅「久が原グリーンハイツ」(1957年分譲)の建て替えによって生まれた大規模マンション群で、その敷地は久が原台地の末端部と呑川沿いの低地にまたがっています。ここには古くから池があり、現在も住民の憩いの場となっています。

 地形的にも湧水の池だったに相違なく、付近の発掘調査で弥生時代から古墳時代にかけての遺跡も見つかっているそうです。

 現在の水源は台地の斜面中腹に位置し、湧き出た水はせせらぎを流れ下り、池に注いでいますが、恐らく池の水を浄化して循環させているのでしょう。ただ、斜面下にわずかながら湧水も見られるようです。

 鯉の泳ぐ池には噴水があり、池畔にあずまやも設けられています。

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大田区の池」カテゴリの記事

コメント

happy01こんばんは。
ネットサーフしていたら見つけまして懐かしくもありコメントします。

もう50に手が届きそうなオジサンですが
小学生の頃にグリーンハイツから歩いて数分の所に住んでいました。
なので、よくグリーンハイツの池で遊んでいましたね。
現在の状況はよくわかりませんが
その頃は大小二つの池があり
上のほうに小さな池があってそこには湧き水がありました。
ウナギ(誰かが放したのでしょう)やザリガニなどが住んでいてたまに取りに行っていました。
そこから流れ出しがあって下にある大きな池につながっていました。
大きな池にはさすがに柵があって入れないようにしてありましたね。

関連記事の光明寺の池にもよく釣り、四手網などをやりに行っていました。

とても懐かしくその頃が思い出されます(笑)。
では失礼します。

投稿: yamada | 2011年10月 4日 (火) 22時13分

yamada様
貴重なコメント、ありがとうございます。
ここで取り上げた池のほとんどは、私が単なるヨソ者として訪れ、写真を撮ってきただけですので、その池についてよくご存じの方が思い出話を書き込んでいただけると、本当にありがたいです。
これからもどうぞよろしくお願いいたします。

投稿: peepooblue | 2011年10月 6日 (木) 07時07分

1年も前の書き込みに今更ですみません。小生ヒルズ久が原の住人です。久が原グリーンハイツにも住んでおりました。
池の構造は先にコメントされた方が書かれた通りです。小さい池は最大でも水深10センチ程度で浅かったです。
また湧水のところは直径1メートル程度で一番高いところにあり、泉みたいになっていたのですが、1980年ごろ蓋がされて井戸になりました。大きな池は中に島があり、通常は施錠されていて入れないのですが月に1回「えびがに釣り」という催しがあり、その時だけは入れたのです。
つつじがたくさん植えられていて、春はとてもきれいでした。

個人的には、特に小さい池の周りは古い大きな樹木などもあって蚊の発生源であり、蛇もいたりして夏場は近寄りたくなかったです。

今のヒルズ久が原の池は形が全く違って別物という感じで、比較すると若干人工的(近代的)です。しかし、ずっと残して欲しいと思います。

それでは。

投稿: つぼ鯛 | 2012年10月 3日 (水) 18時34分

つぼ鯛様
貴重なコメント、ありがとうございます。
上でも書きましたように、地元の方ならではのコメントや昔の思い出話は当ブログを充実させる上でも大変助かります。
古くからある池でも往時のままの姿で残っているというケースは少ないのかもしれませんね。
私の地元にあった池も当時の子どもたちにとっては大切なザリガニ釣りの場でしたが、跡形もなく消滅してマンションが建っています。

投稿: | 2012年10月 3日 (水) 19時35分

早速の返信コメントありがとうございます。

そうですね、池を元の形で残すためには建物も元と同じ場所に同じサイズで建てれば実現可能ですね。そうすれば木々もほぼ同じ場所に残せますしね。
しかし久が原グリーンハイツは各室50㎡もなくエレベータもなかったため、建物だけ同じ形で新しくしても人間にとってあまり利点がないかと(小生はそれでも十分だと思ってましたが)。
違う形でも池が残っただけ良かったのかも知れませんね。

ついでに申しますと久が原グリーンハイツになる前はあれだけの敷地の中にお屋敷が1軒建っていたらしいです。

投稿: つぼ鯛 | 2012年10月 4日 (木) 18時45分

つぼ鯛様
昔は現代の感覚からするとびっくりするほど広大な敷地が個人の私有地ということが東京でも珍しくなかったみたいですね。
池は安全管理の観点からも本来のワイルドな池のまま残すのは難しいのでしょう。どんな形であれ、池が残っているだけで喜ぶべきなのでしょうね。

投稿: peepooblue | 2012年10月 4日 (木) 21時23分

ここは戦前は、テーテンス屋敷と言い、ドイツ系の外人のお屋敷があったのだそうです。戦後、住都公団の住宅になっていましたが、また変ったのですね。
池上の生まれだったので、この辺までよく自転車で遊びに行きました。

投稿: さすらい日乗 | 2015年8月10日 (月) 09時11分

さすらい日乗様
貴重な情報、ありがとうございます。
湧水のある場所には古くから人が住みついていて、そこには色々な変遷、歴史があるのですね。
外国人のお屋敷…。鬱蒼とした森の中の洋館をイメージしてしまいます。どんな感じだったのでしょうね。

投稿: peepooblue | 2015年8月10日 (月) 10時02分

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