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2009年11月

世田谷区立深沢の杜緑地の池

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所在地:世田谷区深沢8-14-1

 「深沢八丁目無原罪特別保護区」のすぐ南側に2009年に開設されたのが「深沢の杜緑地」です。もともと民家の敷地の一部を世田谷区が公園として整備して公開したもので、敷地内には大きな木がたくさん植わっています。タブ、ホオ、コナラ、ハクモクレン、サザンカ、ツツジ、松、楓、桜など。そして、もちろん池もあります。

 案内板によれば、このあたりは地下水位が高く、池の水源は湧き水と書かれています。主要な水源は地下水をポンプアップしているのだと思いますが、それとは別にわずかながら湧水もあるようです。また、この池と無原罪特別保護区の池と呑川親水公園を管でつなぎ、湧水の有効利用を図っているとのことです。

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練馬区立中里泉公園の池

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所在地:練馬区大泉町2丁目

 練馬区北部を流れる白子川右岸、すでに紹介した「清水山憩いの森」の300メートルほど上流に中里泉公園があります。川沿いの傾斜地を利用した公園で、名前の通り、川べりの遊歩道から石段を登ると、窪地があって、その底に湧水の池があります。池には鯉や亀が泳いでいました。

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中土手五色池

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所在地:江戸川区松島4丁目

 新小岩公園をあとに蔵前橋通りを西に行くと、すぐに中川と荒川を渡る平井大橋です。そして、中川と荒川を隔てるのが中堤(なかてい)、通称・中土手です。ここには「葛飾あらかわ水辺公園」があり、前回訪れていますが、その南端部(湿地ゾーン)の下流側(JR総武線・荒川中川橋梁の200メートル下流)に葛飾・江戸川区境があり、その江戸川区側にも池があることを最近知り、再訪しました。それが中土手五色池です。

 そもそも中川と荒川が出合ってもすぐに合流せずに河口まで中土手を隔てて並流しているのは二つの川の間に当初、約3メートルの水位差があったためで、その水位差を解消するために数キロにわたる長い堤防が必要となったわけです。ただ、現在は水位差はなくなっているようです。堤防上には首都高速・中央環状線の高架橋がずっと続いています。

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(中土手。右が中川、左が荒川。頭上に首都高)

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(荒川)

 その中土手の荒川側の河川敷はもとは乾燥地でしたが、一部に雨水がたまって湿地が形成され、1994年にここで絶滅危惧種のミズアオイ(ホテイアオイに似た水草)が発見されたことから、当時の建設省荒川下流工事事務所に地元の人々が湿地の保全と拡大を申し入れ、住民参加のプロジェクトが始まりました。1996年に市民と行政が協力して自然を取り戻すために「五色池」がつくられ、池にどのような自然が戻るのか観察と保護が続けられています。池には人の背丈より遥かに高いヨシなどの植物が繁茂しているため、池の全体像はよく分からないのですが、一帯に大小5つの池がつくられているそうです。それで五色池と命名されたのでしょう。場所は総武線鉄橋の下流、葛飾区から江戸川区に入ったすぐのところで、送電線の鉄塔が目印です。

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(五色池)

 中土手の河川敷にはほかにも江戸川区が管理する「上の池」、区立大杉小学校の生徒たちがつくった「大杉池」、市民の手で掘られた「小松川池」があり、「五色池」とともに環境保全、自然観察の活動の場となっているそうですが、探訪時には河川敷で工事が行われていたのと、ヨシやガマなどの背の高い草が生い茂っていたため、どこにそれらの池があるのかよく分かりませんでした。ただ、あちこちに下の写真のような池とも水たまりとも区別のつかない水面が散在していました。それが池であれ、水たまりであれ、恒常的に水があれば、そこでトンボが産卵し、ヤゴが育つような環境になるのでしょう。

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(追記)

 その後、中土手を自転車で走った際に小松川橋の上手と下手で池を発見しました。草を掻き分け、池を探したので、はたから見れば、かなり怪しい人物に見えたことでしょう。

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新小岩公園の池

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所在地:葛飾区西新小岩1-1-3

 JR総武線・新小岩駅の西側の線路沿いにある広々とした公園が新小岩公園です。ケヤキやサクラが植えられ、芝生広場やスポーツ広場があり、いつも散歩やジョギングを楽しむ人で賑わっています。また、公園内には日本庭園を眺めながら会食が楽しめる施設・和楽亭もあります。

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(滝も噴水も運転は夏季のみ)

 この公園内に池があり、夏季のみ水が流れる滝やせせらぎもありますが、池そのものはわざわざ取り上げるほどのものではありません。

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 ただ、池のそばに立っている「中川水位表示」のポールに興味を引かれました(上写真)。この公園のすぐ西側を中川が流れているのですが、ポールの根元から51センチのところに青い印があり、ここが中川の満潮時水位と書かれているのです。さらに人の背丈より遥かに高い2メートル62センチのところには赤い印があり、これは過去の最高水位だということです。つまり、堤防がなければ、中川の満潮時にはこの一帯は水没してしまうというわけです。

 ちなみに干潮時の水位はポールの根元から1メートル59センチ下にあるということです。

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(中川。堤防の左側が新小岩公園)

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元池袋史跡公園・池袋地名ゆかりの池

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所在地:豊島区西池袋1-9-12

 池袋駅西口のホテル・メトロポリタン前にある小さな広場が1998年に開設された元池袋史跡公園です。ここに「池袋地名ゆかりの池」というのがあります。

 説明板には次のように書いてあります。

「むかしこのあたりに多くの池があり、池袋の地名は、その池からおこったとも伝えられている。池には清らかな水が湧き、あふれて川となった。この流れはいつのころからか弦巻川とよばれ、雑司が谷村の用水として利用された。池はしだいに埋まり、水も涸れて今はその形をとどめていない。これは、むかしをしのぶよすがとして池を復元したものである」

 弦巻川はこのあたりにあった丸池を水源として雑司が谷や音羽を経て江戸川橋付近で神田川に通じていました。現在はすべて暗渠化されています。

 池袋という地名はかなり古くから存在したようですが、その旧池袋村は池袋駅の北西側に少し離れた池袋本町あたりで、この公園のある一帯は旧雑司が谷村に属していました。なので、この池が池袋の地名の由来というのは疑わしい気もします。とはいえ、この一帯に多数の湧水池が存在したことは確かなのでしょう。

 現在の池は井戸水を水源としたとても小さなものですが、残念ながら水は止まり、池も空っぽ状態です。

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 また、公園内には梟の樹のモニュメントや地元の芸術家が描いたフクロウのパネルなどもあります。池袋の袋からフクロウということなのですが、昔、このあたりに湧水が点在し、森や草原が広がっていたとしたら、実際にフクロウも暮らしていたのでしょう。

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谷端川親水公園の池

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所在地:豊島区池袋3-2-5

 豊島区要町の粟島神社の弁天池を水源とする谷端川は南へ流れて、現在の地図でいえば、西武池袋線の椎名町駅付近に達し、線路の南側で東に向きを変え、山手通りの東側で今度は北上に転じ、東武東上線の下板橋駅、埼京線の板橋駅を経て、また南東に向きを変え、大塚駅、大塚三業通り、小石川を経て神田川に合流していました。その後、板橋駅付近からさらに北流して石神井川に接続するように流路が変更されました。

 現在は完全に暗渠化されてしまい、川跡は大部分が道路になってしまいましたが、山手通りに並行する区間が緑道となっています。

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 このうち、山手通りと要町通り(直下を有楽町線・副都心線が走っています)の交差点の北東側にあるのが谷端川親水公園です。

 壁面から水が落ちる滝があるほか、スイレンや花菖蒲などが植えられた池があり、金魚も泳いでいます。

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