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津の守弁財天・策の池

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所在地:新宿区荒木町

 丸の内線・四谷三丁目駅に近い荒木町は地形の起伏が非常に激しく、階段の多い町で、その中心部の窪地にひっそりと小さな池があり、鯉や亀が泳いでいます。また、池の片隅に弁天様(通称・津の守弁財天)が祀られています。

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 池の名前は「策(むち)の池」。説明板によれば、江戸時代の古書『紫の一本(ひともと)』に出てくる徳川家康が鷹狩りの際、この場所にあった井戸でムチを洗ったという話に由来するといいます。井戸から湧き出た水は落差4メートルほどの滝となって池に注いでいたので、この池を「策の池」と呼ぶようになったというのです。ただ、家康がムチを洗った井戸は現在の新宿駅西口付近にあったという説もあり、新宿エルタワーの敷地内の植え込みに史跡の解説板が立っています。

 とにかく、この滝は「十二社の滝」「目黒不動の滝」「王子の名主の滝」などと並び、江戸八井として庶民に愛されたということです。

 その後、天和3(1683)年にこの滝を含む一帯は美濃国高須藩主・松平摂津守の上屋敷となり、湧水をせき止めた大きな池を中心とする庭園がつくられ、庶民からは遠のきましたが、明治の廃藩置県後、庶民に開放され、明治7年に荒木町となります。当時はまだ滝も健在だったようで、滝見客相手の店もでき、荒木町は多くの芸者を擁する花街へと発展します。

 今では大名屋敷だった時代の面影はほとんど残っていませんが、「摂津守(せっつのかみ」を略した「津の守(つのかみ)」の呼称は弁財天の名前のほか、通りの名などにも残っています。

 その弁財天は古くから池畔に祀られていたわけですが、現在の弁天社は昭和31年に地元の崇敬者によって再建されたものだということです。

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 もちろん、現在は滝はありませんが、池の背後は崖になっており、昔の滝の様子を想像することはできます。

 説明板に「現在では湧き水は減って池も埋まり、滝つぼ跡に昔の語り草をわずかに残しています」とありますが、湧き水は「減って」であって「涸れて」ではないところを信じたい気持ちです。

 いずれにせよ、意外な場所にある池で、都会のちょっとした奇跡のような存在です。

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コメント

先の鉄腕ダッシュで、津の守池のカイボリを実施し、まだ涸れてはいない事、水が
湧いている事、証明されましたね

投稿: 鉄腕ダッシュ | 2016年12月11日 (日) 23時58分

鉄腕ダッシュさま
私も番組、みていました。
水、池底から湧いていましたね。
モツゴなど貴重な魚までいたのも驚きでした。
あの巨大スッポンは自分も見た記憶があります。
番組直後にこの記事を更新しようと思いつつ、今までサボっていました。
井の頭公園の池も湧水は枯渇したと言われていましたが、今春のカイボリでかなりの湧水が確認されていますし、他の池でも同様の状況かもしれませんね。

投稿: peepooblue | 2016年12月13日 (火) 17時30分

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