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水元公園その7 内溜

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(内溜)

所在地:葛飾区東水元2・3丁目

 逆S字形に蛇行する小合溜を西北端からずっと辿っていくと、第二のカーブにかかるところで、南西方向に枝分かれして伸びる水面があります。その分岐部に水元大橋が架かり、それと並行するように土手があり、その向こうが「内溜」です。

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(小合溜の分岐部にかかる水元大橋)

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(水元大橋付近から見た桜土手。土手の向こうが内溜)

 この土手は利根川方面から江戸への洪水被害を防ぐため、享保14(1729)年に徳川吉宗が築かせたもので、現在は土手上が桜並木の道路となっており、「桜土手」「桜堤」などと呼ばれています。この土手は水元公園を縁取るように江戸川まで続いています。

 ちなみに、昭和22(1947)年9月に関東地方を襲ったカスリーン台風により埼玉県内で利根川の右岸堤防が決壊し、氾濫した濁流が利根川旧流路である中川の低地を南下した時、この土手まで水が押し寄せました。当局は江戸川の堤防を破壊して氾濫水を放流しようと試みましたが、失敗。桜土手も持ちこたえられずに決壊して、東京の下町に戦後最大の洪水被害をもたらしました。

 さて、その桜土手で仕切られた「内溜」。都内側から見て、堤防の内側にあるため、この名で呼ばれています。従って、土手の外側の小合溜が「外溜」ということになります。そして、内溜の南端部から流れ出るのが「上下之割(かみしものわり)用水」(別名・大井堀)で、今の葛飾・江戸川区内の灌漑用水として利用されました。この用水の水源ということから水元の地名が生まれたわけです。なお、用水は現在は埋め立てられています。

 また、「小合溜」の名称は溜池の大部分が当時の上小合・下小合の両村にまたがっていたことによる命名です。

 小合溜(外溜)とは連絡水路で結ばれた内溜の現在は事実上、釣り堀となっていて、多くの釣り人で賑わっています。

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 また、内溜のほとりには小合村の鎮守だった香取神社が鎮座しています。

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(外溜と内溜を結ぶ水路に面して鎮座する香取神社)

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